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第7官界彷徨

第7官界彷徨

源氏物語ー玉鬘

 玉鬘は、なき夕顔の忘れ形見です。夕顔と源氏の未完の恋は、全ての恋に何かいわく因縁を持たせた源氏物語の中で、特にはかなくもドラマチックなものといえましょう。

「夕顔」 
 当時の京の5条は、狭い家の多いところでした。乳母のお見舞いにそのあたりを訪れた源氏は、隣家の家の垣根に咲く夕顔を見つけます。供のものに花を折らせた源氏に、その家の女あるじが「この上に乗せて差し上げるように」と、薫物を薫きしめた扇を届けさせます。
 どういう素性のひとなのか知らないままに、身分を明かさないままに源氏は夕顔の女と、つかのまの狂おしい恋に溺れていくのです。

 乳母の子、惟光に調べさせると、女は頭中将の愛人で、北の方におどされて身を隠した、中流貴族の姫でした。夕顔のように美しくたおやかな姫を、ある夜源氏は河原の院に連れ出します。
 そこで夕顔は、もののけに襲われて恐怖のあまり急死してしまいます。あとには頭中将との間にできた姫が残されました。

「玉鬘」
 夕顔が急死して歳月が経ったのちも、源氏は美しい夕顔のことを忘れかねていました。
 夕顔の死は、一切秘密のうちに処理されたため、乳母の一家は、夕顔の幼い姫,玉鬘を伴って乳母の夫の任地、九州に下りました。やがて美しく成長した姫は、田舎人たちから次々と求婚されます。中でも強引な「大夫の監」という男の求婚に、乳母は急遽、わずかな人数で海路、京の都に向けて逃れます。
 しかし、都にはすでに頼る人もなく、乳母とその息子の豊後介は、神仏に頼るしかなく、霊験あらたかだとう初瀬の観音さまに願をかけに詣でることにしました。
 
 夕顔の侍女だった右近は、夕顔の死後、光源氏のもとに仕えていました。そして思い立って初瀬観音詣でに来ていました。はからずも椿市の宿で同宿して、右近は夕顔の残された姫、玉鬘に、20年近い歳月ののち、劇的な再会を果たすのです。
 帰京した右近は早速源氏にほうこく、源氏は驚き喜び、完成したばかりの六条院に、玉鬘を引き取ります。
 実父の内大臣(頭中将)に返すよりは、都風にきちんと育ててからびっくりさせようとの思惑でした。

 お会いした玉鬘は、亡き夕顔に勝るとも劣らない美しさです。源氏は父親のような態度で接し、後見人役をしながら、娘を引取ったという噂をさりげなく流すのでした。

 玉鬘は美しいばかりでなく、頭の良い、人の心をひきつける姫君でした。すぐに対面した紫の上からも、世話を引き受けた花散里からも好意をもって迎えられました。
 源氏は、噂を聞きつけてあちこちから姫君に恋文がくるのを、父親ぶって自分から返事の指図をとりしきるのでした。しかし、夕顔によく似た玉鬘に、親愛の情が恋心に変わっていってしまいます。
 源氏はその思いを玉鬘に打ち明けます。玉鬘は、頼るべき人は源氏しかいないというわが身の悲しさを思うばかりでした。
 玉鬘に言い寄る殿方は数多かったのですが、中でも北の方を亡くしていた兵部卿宮は熱心に求婚していました。
 ある夕暮れ、源氏は宮の訪問を待ち構えていて、さまざまな用意をしています。夕闇に香を焚く中で、蛍宮が言葉を尽くして思いを訴えるのを、なかなか趣のある口説き方だなどと思いながら隠れて聞いている源氏です。
 奥に入ろうとする玉鬘に、「宮には直接お答えをしなかれば」と、無理に端近なところまで誘い出し、夏の几帳の帷子の1枚をさっとめくると、用意した袋の中のたくさんの蛍を一気に解き放ちました。
 姫君は驚いてすぐに扇で顔を隠したのですが、ほのかな蛍の光に照らされて、夕闇に浮かび上がった玉鬘の美しい姿は、兵部卿の宮の心を見事に捉えたのです。
 本当の親ではなかったから、、、と、紫式部は書いています。

 その頃、内大臣が光源氏に対抗して、外腹の姫を引取ったという噂が流れてきました。
 ある黄昏に、源氏は玉鬘の住む夏の御殿を訪れます。前庭には、唐や大和のなでしこが美しく咲き乱れていました。
 昔「雨夜の品定め」の折りに、まだ若かった内大臣(頭中将)が、身を隠した「常夏」の女と、その娘「撫子」撫でたいくらいかわいい姫のことを語ったのを、源氏は忘れてはいなかったのです。

 玉鬘はますます美しくなり、源氏は亡き夕顔への思いとあいまって、あやしく心をかき乱されるのでした。
 内大臣が引取った「近江の君」は、身分の低い乳母に甘やかされて育ち、そのふるまいは玉鬘とは違って女房たちの失笑を買い、世間のうわさ話になっていました。
 源氏の慎重な扱いによって、さりげなく世間に良い噂が洩れて来る玉鬘の姫君とは雲泥の差なのでした。
 玉鬘は、もし源氏の庇護がなかったらどんな風になっていたかと思い知るのでした。そして、源氏が自制して、無理には近づいてこない様子に、その心の深さも知って、次第に疎む気持ちも消えて行くのでした。
 玉鬘は源氏に心を許しながらも「人々に変だと思われたら困るのです」と、源氏にはっきり話せる女性なのでした。

 36歳の源氏は、玉鬘を妻にしたいと思い、しかし、内大臣が自分を婿としてもてなすことを考えると、世間の物笑いのような気もしています。玉鬘の行く末をどうしようかと考えた源氏は、熟慮の上、尚侍として天皇のもとに仕えさせようとします。尚侍は、帝の近くで多くの公務をこなすのですが、当時は帝の寵愛を受けるのが普通で、お妃にも匹敵する存在でした。これによって源氏の勢力もまた盤石のものにもなるのです。
 折から、帝の大原野への行幸があり、玉鬘は帝の姿を車の中から見て、その端然とした貴い姿に心を奪われます。
 そこには玉鬘にしきりに求婚している髭黒大将も行列に加わっていましたが、とても好きになれそうもなく、源氏の進める尚侍になろうかと思う玉鬘でした。

 源氏は遅れていた玉鬘の成人の式をあげさせますが、その時に初めて玉鬘が夕顔と内大臣の間の姫であることを打ち明けます。内大臣は驚き喜び、無事に玉鬘は盛大な式をあげることができました。

 内大臣の姫であることは、しばらく表沙汰にはしないことになっていて、玉鬘は慎重に悩み深い日々を送っていました。


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